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サンタアナの風 <前編>

 
 

 ロスアンゼルス、サンセットブールバードのカフェ。陽の当たるテラスの席に座り、透(とおる)はBLTサンドイッチとカフェ・ラ・テを注文した。
 昨日ロスに着いて、4WDのレンタカーを借りた。今日から2週間ほど、車で旅するつもりだ。
 別に目的のある旅ではない。行く場所も決めていない。ただ、原野の風に吹かれてみたくなった。もちろん、そんな気分になったことには、それなりの理由があるのだが・・・。
 昨日から風が強かった。カリフォルニアらしい、乾いていてあっけらかんとした風ではなく、湿気を含んでどこか不穏な風。風は今日も相変わらず吹いていて、コバルトブルーの空に突き立つようにして並んだパームツリーの葉がザワザワと音を立てている。
「風が強いな」
 透は、サンドイッチとカフェ・ラ・テをテーブルに置いた髭面のウェイターに声をかけた。
「サンタアナの風だよ」
 ウェイターは、東の空の方を見て大きな肩を竦めた。
「毎年、夏の始めに吹くんだ。モハベか、もっと東のソノーラ砂漠あたりで生まれて町までやってくる。こいつが吹くと、事件やら事故やらの件数が増えるんだ。サンタアナっていうのはメキシコの将軍の名前で、死んだ後で風になって、領土を盗ったアメリカに復讐してるって話だ」
 ウェイターはいかつい風体に似合わない真顔で言った。サンタアナ将軍といえば、確か、テキサスのアラモでデイビー・クロケットやジムボウイと闘った将軍ではなかったか。
「迷信だろ、そんなの」
 サンドイッチにかぶりついた透に視線を貼りつけたまま、ウェイターが言った。
「迷信とも言い切れないんだ。この風には異常な量の陰性イオンが含まれていて、そのせいで情緒不安定になったり、アレルギー症状を起こしたりする人間がいるってことは科学的にも証明されているんだよ。だから、この風が吹くと騒ぎが起きるんだ。あんたも、こういう時は家の中でおとなしくしてた方がいいぜ」
 ウェイターは、真顔のまま店の中に戻っていった。
 言われて、ただの風ではないように思えてきた。神経が毛羽立つように昂ぶっているのも、旅の疲れのせいだけではないのかもしれない。
 インターステイト5号線から14号線に乗り換え、70マイル、約112km北上してモハベの町に下りた。ロスの喧騒から離れて1時間も走れば、そこは原野の只中。乾ききった褐色の大地から煮え立つ陽炎の中に、陽光を受けて銀色に光る道が吸い込まれてゆく。
 州道58号線に道を選び、透はさらなる原野の奥へと轍を進めた。サンタアナの風が生まれる場所に向かって・・・。

つづく

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