100枚の絵ハガキ   Next
   
     

星の町 <前編>

 
 

 カリフォルニアからアリゾナ州に入り、インター・ステイト40号線から州道89号線に乗り換えて南に下った。目的地など別になかった。ただ、よく整備されたフリーウェイの単調な走りに飽きて道を変えただけだった。
 気がつくと日没が迫っていた。朝九時にモーテルを出てから400マイル、約640kmを走っていた。もっとゆったり旅したいとは思うのだが、一人っきりだとついつい先まで車を走らせてしまう。やはり、根が貧乏性なのかと、東京での日々を思い出して透は苦笑いした。
 町らしい町も、宿もなかった。完全にタイミングを外してしまった。道行く旅には、タイミングを外さない勘のようなものが必要だ。給油のタイミング、食事のタイミング、コーヒーブレイクのタイミング、そして、その日の旅を終わりにしてベッドを捜すタイミング。それを外すと、結構とんでもない目に遭ったりする。特に、未だに茫漠たる原野が広がるアメリカのような国を旅する時には・・・。
 赤いネオンの文字が滲む、道端のカフェに入った。もう、闇が迫っていた。
 カウンターに肘をついてコーヒーとチリドックを頼み、近くにモーテルはないかとウェイトレスに訊いた。褐色の肌に黒い瞳のウェイトレスは、たどたどしい英語で、この近くに宿はないと素っ気なく答えた。国境を越えてきたメキシコ人だろう。
「泊まる所なら、あるわよ」
 唐突に、カウンターの端から女の声が飛んできた。ブロンドを短く切った女が透を見ている。黒いタンクトップにターコイズのピアス。スリムな体は都会の匂いをまとっていた。土地の人間ではないらしい。
「私はジュディ・フォスター。ジョディじゃないわよ、ジュディよ」
 女優のジョディ・フォスターとよく間違えられるのだろう。自分の名を名乗る時、そうつけ加えるのがお約束になっているらしい。透が名乗り返すと、ジュディはカウンターの上に1ドル札を何枚か置いて近づいてきた。
「よかったら、私たちの町に来れば?ここいら辺はソノーラ砂漠の北の端で、泊まる所を捜すのは中々大変よ」
 カーキ色のショートパンツから陽灼けした脚が伸びている。健康的だが正体が分からない。透は、わざとぶっきらぼうに訊いた。
「何ていう町?」
「アーコサンティ」
 答えが弾ね返ってきた。しかし、聞いたこともない町だ。
「小さな町なのか?」
「今はね」
 謎めいた笑みが浮かんだ。不安そうな透の気持ちを察してか、ジュディは説明をつけ足した。
「私は都市計画家。私たちは、砂漠の中に理想の町をつくろうとしているの。・・・大丈夫よ、カルトなんかじゃないから」
 人を信じにくくなっている自分を見透かされたようで、少し恥ずかしかった。
 透は、ジュディについてゆくことに決めた。強がりもあったが、砂漠につくられているという町に心が動いたことも事実だ。しかし、それより何より、本当のところはジュディとここで別れるのが惜しかった。
 透はジュディの後について店から出た。外は、すでに漆黒の闇の中だった。

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