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草の国 <前編>

 
 

 中華人民共和国、新彊ウイグル自治区。日本全土が丸ごと呑み込まれてしまうほど広大なタクラマカン砂漠を中心に、南に崑崙(こんろん)山脈とカラコルム山脈、西にパミール高原、北に天山山脈を配した大地の中に、ウイグル人を始めとする13の少数民族が生きている。
 勇造(ゆうぞう)が、古代遺跡を調査する学術探検隊の一員としてこの地に来てから、すでに半年がたった。苛酷な風土には何とか順応したが、しかし身も心も渇ききって水気を失い、単調な毎日にもマンネリを感じ始めていた。
 1週間の休暇をもらい、勇造は砂の海に一時別れを告げた。灼熱のトルファンを後にし、天山山脈の北の端を掠めるように越えて西に向かう。
 灰色の道が、緑の絨毯を切り裂いて一直線に延びてゆく。西域南道、天山南路と違い、天山北路の風には水気がある。
 天山山脈を境に、その南と北では世界の様相が一変する。南は、太陽が砂と土漠を灼く茶褐色の世界。北は、風に波打つ草原が地平線まで続く緑の世界。あちこち旅してきた勇造だが、これほどまでに対照的な自然が隣り合わせに広がる劇的な風景を目にしたことはない。
 カザフ族のガイド、アブドゥの道案内で山並みの奥へと馬で分け入ってゆく。カザフとは、チュルク語で「草原を駆ける自由人」を意味する、その名の通り、羊や牛を育て、馬やラクダと共に旅する遊牧の暮らしを彼らは今も続けている。
「今夜は、ここでキャンプしよう」
 道が上ぼり切ったあたりでアブドゥの馬が止まった。視界が一気に開らけ、眼下に草の海が広がる。草を分け、銀色に煌めいて蛇行するのは小川だろう。何百頭という羊や馬たちが、囲いのない大草原でのんびり草を食(は)んでいる。
「あなたの国は、一体どんな国なのだ?」
 焚き火を興しながら、アブドゥが唐突に訊いてきた。
「日本という国のことを、あなたはどれくらい知っている?」
 答に困った勇造は、苦しまぎれに訊き返した。
「時々、山を下りて町へ行く時、たくさんの車たちを見る。その多くが、日本で作られていると聞いた。だから、日本という国は車を作るのがうまい国なのだろう。・・・違うか?」
「違っちゃいない。確かにその通りだ」
 アブドゥの素朴な言葉に勇造は苦笑いした。
「他には何か知っているか?」
「あなたたちの国についてか?」
「そう」
「他にはない」
 愛想のない答が帰ってきた。車のことしか知らないと言われて、勇造は複雑な気分になった。
 ナンとチーズとお茶の簡単な夕食をすませ、革袋に入った強い蒸留酒を舐めて焚き火に当たる。
 馬に揺られて硬くなった体が解れてゆく。時々、焚き木が弾けて乾いた音を立てる。舞い散る火の粉が、生きもののように風に泳いで闇に飛んでゆく。
 漆黒の闇の中、勇造とアブドゥは焚き火を間にして座っていた。

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