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聖者との旅 <後編>

 
 

「神父がリングで闘っちゃおかしいかね?」
 黙り込んだ健太に気をつかって、マスクマンが訊いてきた。
「日本じゃ考えられないですから。メキシコでは他にいるんですか?そういう人」
「神父でルチャドールというのは私1人だが、他に正業を持っている者はたくさんいるよ。ファイトマネーだけで生活できるのはエル・サント・ジュニアやミル・マスカラスみたいなスターだけで、殆どの者は昼間は別の仕事をしている。警官やタクシーの運転手、医者や学校の先生もいるよ」
「あなたも、食べるためにマスクを被って闘うんですか?」
「私は神父だから、自分のことは何とでもなる。ただ、たくさんの子供たちを食べさせなくちゃならないから、それで老体に鞭打っているというわけだ」
「子供たち?」
「ストリートチルドレンだよ。親も家もない、路上の子供たちを育てているんだ。育ち盛りの悪ガキたちはよく食べるから、いくら働いてもおっつかんよ」
 マスクマンは、肉のついた丸い肩を竦めた。

 2時間ほどで、暴風神父の教会についた。メキシコ・シティ郊外の小さな町の、古くてみすぼらしい教会だった。
「もしよかったら泊まっていきなさい。もっとも、悪ガキたちと雑魚寝だけどな」
 聖堂の裏手に、ブロックとトタンで建てられた四角い建物があった。扉の前で神父は立ち止まり、振り返って人差し指を唇に当てた。
「起こすとうるさいからな・・・」
 小声でそう言ってから扉を開ける。
 中は暗かった。心細い光を放つ裸電球が1箇、波板トタンの天井からぶら下がっている。
 暗がりに目が馴れてくると、毛布にくるまって床に寝ている何十人もの子供の姿が浮き上がってきた。抱き合って眠る子供たち、毛布を剥いで大の字になった子供たち・・・。暗がりの中で、子供たちの寝息が静かに波打っている。
「何人いるんですか?」
「今、47人。いや、48人だったかな・・・」
 呟きながら、神父は紅いマスクを外した。
「あんたは旅人だし、外国人だから素顔を見せてもいいだろう」
 禿げあがった額が光り、少ない髪には白いものが目立った。
「素顔を見ると、大概の者がガッカリする」
 健太の心中を察して、神父はニヤリと笑った。
  その時、子供の一人が寝言を言った。
「起きている時は悪魔だが、眠っている時は天使だな」
 神父は、一人一人の様子を確認するように子供たちの寝顔を見回している。その顔が、オアハカの教会で見たキリスト像の顔と重なった。
 今までの悪いことは、もうどうでもよくなっていた。健太は、初めて、旅をしてよかったと思った。

終わり