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夢の中で <後編>

 
 

 その夜の話は、単純には笑えなかった。
「この頃は、欲の皮の突っ張った漁師も多くてな。禁止されているのにダイナマイトを使うんだ。で、欲にかられてひどい目にあう間抜けな奴もいる」
 ベンガの話を妻のロティが引きついだ。
「ついこの間、別の島から来た漁師がこの近くでダイナマイトを使ったの。魚の群を見つけたそいつは導火線に火をつけて投げようとしたんだけど、その時、もの凄く大きな魚が近づいてきたのね。欲の皮の突っ張ったそいつは大きな魚もついでに獲ろうと、導火線に火のついたダイナマイトを持ったまま魚が近づくのを待ったの。魚に気を取られていたそいつは導火線が短くなっていることも忘れちゃって、その内ダイナマイトが爆発しちゃった」
「で、どうなった?」
「右手と顔の半分が吹き飛んだ」
 ベンガは平然と言う。
「その漁師は死んだのか?」
「それがね、しぶとい奴で死ななかったのよ。右手と顔の半分が失くなっても、病院で生きているらしいわ。知り合いの看護婦が、顔を巻く包帯が半分の長さですんだって言ってたわよ」
 ロティは丸い肩を竦めてからニヤリと笑った。
 海人たちは、ゾッとするようなことを平然と話しもする。彼らの中には、無垢(むく)な少年のような無邪気さと、時には残酷とも思えるず太い神経が同居しているらしい。
「どんな夢を持っているんだ?」
 ある夜、太一がベンガに訊いた。ベンガは一瞬戸惑い、それから太一を真正面から見据えた。
「夢を持っていなくちゃいけないか?」
 訊き返されて、太一の方が答に詰まった。ベンガはゆっくりと、諭すように太一に言った。
「夢なんて、ここでは必要ないんだ。何かを欲しがれば金が要る。そして、そのために色々やっかいなことが起きる。そんなことで右往左往するのは、俺はごめんだね。海と、元気な体と、自由な暮らしがあれば、それで充分じゃないか。それ以上、何が必要だっていうんだ?ここでは、あんたたちの言う夢なんて邪魔になるだけなんだよ」
 愚問だったと太一は思った。ベンガもロティも、この1年の間に出会った沢山の海人たちも、とっくに夢の中で生きていたのだ。夢なんて必要ないと言い切れる彼らが、太一は心の底から羨ましかった。

終わり