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蝶の入れ墨 <後編>

 
 

 船は、リマの西北にあるカジャオ港に7日間停泊した。チリのバルパライソ港に向けて出港する前夜、伍郎はもう一度「FUJI」に足を運び、マリアを相手に一杯飲んでから彼女を外に連れだした。
 マリアは、砂漠に行こうと伍郎を誘った。夜の砂漠は静かで美しく、身も心も洗われるような気分になるのだと言う時のマリアは、少女のような顔をしていた。
 市街地を出てタクシーで10分も走ると、闇の中に、月光を浴びて淡白く浮き上がる巨大な砂丘が迫ってきた。リマは、世界最大の海岸砂漠、アタカマに包囲された都市なのだ。
 タクシーを降り、マリアについて急な砂の斜面を登った。粉のような砂に足を取られ、体を前傾して一歩一歩踏みしめないと前へは進めない。静寂の中に、2人の息づかいと砂を踏む音だけが聞こえる。
 砂丘の頂上に立った。漆黒の海の先に、ガラスの破片を撒き散らしたような光が点滅している。リマの灯は光の絨毯に見えた。
 頭の上に銀の盆のような月が浮いている。砂の広がりが淡白く波打ち、照明もないのにあたりは驚くほど明るい。マリアと伍郎は、昼間の温もりを残している砂の上に座った。
「綺麗」
「酔いが醒めるな」
 伍郎は砂の上に仰向けに転がった。月が眩しいほど明るい。
「夜は、何でも綺麗に見えるわね」
 マリアも、伍郎に寄り添うようにして砂の上に寝た。海からの風が運ぶ遠くの潮騒と、マリアの息づかいだけが聞こえる。伍郎は上体を起こし、マリアの上から覆い被さるようにして唇を重ねた。マリアの腕が背中に回り、伍郎を抱き寄せる。2人は舌を絡ませ、互いの唇を吸った。
 伍郎の右手が、マリアの引き締まった腰から盛り上がる尻の線をなぞって滑り下り、体に密着したスカートの裾を不器用にたくし上げてゆく。
 マリアの口から甘い息が洩れ、腰が捩れて脚が少し開いた。伍郎は耳から項 (うなじ) 、胸から腰へ唇を這わせていった。
 スカートがずり上がり、褐色の太ももが剥き出しになって白いスキャンティが少し覗いていた。その時、太ももの内側の、小さな染みのようなものに気がついた。
 それは、マッチ箱ほどの大きさの蝶の入れ墨だった。月の光の下で、褐色のももに薄紅色の蝶が舞っている。
 伍郎は、見てはいけないものをみたような気がしてマリアから体を離した。
「ヤクザに彫られたの・・・」
 マリアは足を閉じ、恥ずかしいものを隠すようにスカートの裾を下ろした。
「私ね、日本に行ってたことがあるの」
 マリアが、砂に体を預けたまま呟いた。
 伍郎は何も訊かなかった。月を見ているマリアが、痛々しく、そしていとおしかった。熱いものがもう一度せり上がってきて、伍郎はマリアの唇を吸った。マリアは、さっきよりももっと強い力で伍郎を抱きとめた。
 −−明日、船に戻らないとどうなるかな・・・。
 一瞬、伍郎はそんなことを考えた。

終わり