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砂漠と飛行機 <前編>

 
 

 海からと陸からの風が巻くように交互に吹きつけ、バイクが時々斜めに滑る。海からの風は湿気を含んでいて冷たく、陸からの風は乾いていて熱い。行く手に砂丘群が現れ、陸からの風に運ばれた砂が道を侵食し始めた。このまま南下を続ければ、いずれ西サハラの茫漠たる砂の海に迷い込むだろう。
 モロッコの、大西洋に沿って南北に伸びる道を走り始めて四日目。郵便飛行士であり作家であったサン・テグジュペリが、若き日の1年と少しを一人きりで過ごしたタルファヤの集落が遠くに見えてきた。海からの潮と陸からの砂に霞んで、平べったい家並みが蜃気楼のように揺れている。
 洋介(ようすけ)にとって、そこは、どうしても1度は訪ねなければならない場所だった。洋介は、中学生の頃から童話のようなものを書いていた。高校を中退してからも、バイトしながら童話を書き続けた。それから10年。悪戦苦闘の末の初めての本が半年前に出版された。それまでは冷たい態度だった親も兄も、本を手にしてからは洋介を見る目が変わった。
 小さな出版社だったし部数も少なかったが、しかし洋介には自分の分身のように大切な本だった。洋介は、まがりなりにも童話作家としてデビューしたのだ。30万円足らずの本の印税の使い道は最初から決めていた。洋介が童話を書き始めたのは、サン・テグジュペリの「星の王子様」を読んでからだった。いつか自分の描いた童話が本になったら、サン・テグジュペリゆかりの場所を訪ねようと心に決めていた。だから、タルファヤを目指す旅に出たのだ。
 タルファヤは、黄褐色にくすんで淋しい集落だった。今では5000人ほどのモロッコ人が住むとガイドブックには書いてあるが、暮らしの活気もなければ人の気配さえ稀薄だ。
「まったく修道僧のような生活を送っています。アフリカ全土で最も辺鄙な片隅で、スペイン領サハラのまっ只中です」
 1927年、当時27歳だったサン・テグジュペリがここから母親に送った手紙の一節を思い出した。
 −−そうだ、あの時のサン・テグジュペリは今の僕と同じ齢だったんだ。それに、74年経った今も、タルファヤの淋しさは大して変わっちゃいない・・・。
 その時、埃っぽい集落の端から羽虫のような乗りものがいくつか空に飛び立った。ハングライダーとヘリコプターを合わせたような、ちっぽけで奇妙な乗りものだ。微かなエンジン音が聞こえるから、飛行機の一種なのだろう。そういえば、ここまで来る間にも、似たような乗りものがいくつか空を飛んでいるのを見た。一体、あれは何なんだろう・・・。

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