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砂漠と飛行機 <後編>

 
 

 洋介の期待を裏切って、タルファヤの人々はサン・テグジュペリに無関心だった。昔はスペイン軍の砦だった基地に駐屯する兵隊も、道端の食堂の親父も、誰もその名前さえ知らなかった。大西洋とサハラ砂漠の境界線に孤立する原野での孤独な13カ月が、その後のサン・テグジュペリの人生観や世界観に大きな影響を与え、彼をして作家にならしめたことはよく知られているはずなのに、しかし現地の人々は誰もそのことを知らない。
 サン・テグジュペリが暮らしていた、フランス郵便会社「ラテコエール社」の建物は廃墟と化し、集落の端の海辺で風に吹かれていた。まるで、人々から忘れ去られたサン・テグジュペリを象徴するように孤独で、淋しい風景だった。
 建物の屋上に上がると、うねりが白く砕ける大西洋が眼下に広がった。背後からは砂の海、サハラが迫っている。

「朝がきて、昼がきて、夜になります。その他にはたいしたこともなく、日々はくり返されていきます。本を少し読み、タバコをたくさん吸います。500メートルほど散歩もします・・・」

 母親に書いた手紙は孤独と淋しさで一杯だ。こんな所に一人でいたら、自分だったら1カ月で気が狂ってしまうだろうと洋介は思う。
 洋介は肩を落としたままタルファヤの集落を後にし、来た道を戻った。サン・テグジュペリの名さえ誰も知らないようなここに長居しても仕方がない。
 20キロほど道を戻ったあたりで、道端に妙なものを見つけた。ハングライダーとヘリコプターを合わせたような乗りもので、鮮やかなブルーの三角セイルが陽を反射してキラキラ光っている。朝から空を飛んでいた、羽虫のような乗りものの一機らしい。
 初老の男が、セイルの下の日陰に座ってサンドイッチを頬張っていた。サン・テグジュペリを偲んで毎年行われる小型飛行機のラリーに参加したが、エンジンの調子が悪くて不時着したのだという。
「マラケシュをスタートして、タルファヤで給油してからまたマラケシュへ戻る2日間のラリーだ。タルファヤまで目と鼻の先まで来て不時着とは、今年はついてないよ」
 男は屈託なく言った。本業は建築家で、趣味が飛行機操縦というフランス人だった。それも、人力飛行機に近いような超小型飛行機でないと燃えないらしい。
「大丈夫ですか?」
「何とか治して、また飛ぶさ。エンジンの野郎が臍を曲げたままだったらここでビバーグだが、それもまたおつなもんだろ」
 男はサンドイッチを食べてミネラルウォーターを流し込み、立ち上がって尻の砂を叩き落とした。
「頑張って下さい」
「あんたもな」
 あっさりとした別れだった。
 少し走ると、また一機、羽虫のような飛行機がタルファヤに向かって頭上を飛んでいった。広大な空と砂漠の間を飛ぶそれは点のようで、あまりにもちっぽけで心もとない。
 −−サン・テグジュペリは、ちゃんと生きているじゃないか・・・。
 洋介もまた、空と砂漠の間で点になった。

終わり