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空にいる友 <前編>

 
 

 河口湖ランプで中央自動車道から下り、138号線を山中湖に向かって走る。木の匂いのする風は切るように冷たい。高い空に屹立する富士山の冠雪が、午後の陽差しを反射してキラキラ輝いている。気がつけば、もう12月。今年も、1年があっという間に過ぎてしまった。
 浅間神社の先を左に折れて忍野の方へ下った。週末は別荘などへ向かう車で混んでいるが、平日は深閑としていて空気も澄んでいる。道は自衛隊基地の先で左に曲がり、葉を落とした雑木林の中へ延びてゆく。
 30年来の友、吉井(よしい)の家は雑木林の奥に隠れるようにしてあるが、そこに吉井はもういない。吉井は5年前に死んだ。脊椎空洞症という名の難病と20年間闘った末の、窒息による静かな死だった。今は、20年間手足となって吉井を支えた姉が1人で暮らしている。
 エンジンを止めると静寂に押し包まれた。桂田(かつらだ)がバイクから下りるのを見計らっていたかのように、ログハウス風の家のドアーが開いた。
「いらっしゃい」
 吉井の姉が半身を乗り出していた。桂田はヘルメットを外して会釈を返し、デイパックを背負ったまま家の中に入った。
 食堂兼居間の奥の、かつて吉井と姉が寝ていた部屋に入る。部屋はひんやりと寒かった。壁際に祭壇のようなものがあり、そこに並んだ花や本を見下ろして吉井が笑っていた。30歳の頃の吉井だろうか。写真の中で時間は止まっている。
 桂田はデイパックの中から旅のみやげを出して祭壇に置き、写真の中の吉井の笑顔を見据えた。ただいま、と心の中で吉井に声をかける。合掌はしない。手を合わせたら、吉井が本当に仏様になってしまったような気になる。吉井は死んではいない。いつも自分の傍にいる。少なくとも桂田はそう思っている。だから合掌はしない。
 桂田は、旅から無事に帰ったことを吉井に報告する。写真の中の吉井は、桂田の報告を嬉しそうに聞いている。桂田と吉井の無言のやりとりを、姉もまた黙って見ている。
 桂田と吉井は20歳の頃に出会って意気投合した。それから6年後に吉井が倒れ、20年間に及ぶ車椅子の生活が始まった。手足の麻痺から始まった病気の進行はやがて五体の自由を奪ったが、吉井の明晰な頭脳と大らかな人柄が犯されることはなかった。吉井は死ぬ数ヶ月前まで付近の悪ガキたちに勉強を教えた。教師を蹴飛ばし、親に唾を吐くような少年たちが吉井の前では不思議と素直になった。自分の手足さえ自由にならない吉井を、しかし少年たちは尊敬し、その前で裸になったのだ。車椅子の吉井は、そういう力を持った男だった。
 吉井は強かった。自分の運命を淡々と受け入れ、最後の瞬間まで前向きに生きた。人前では怨みごとも泣きごとも一切口にしない吉井だったが、しかし1回だけ、桂木にこう言ったことがあった。
「不思議と病気には腹が立たないんだ。病気も俺の体の一部だし、人にはそれぞれどうにもならない運命ってものがあるからな。でもさ、旅ができないことは正直言って悔しいよ。外の世界を見たいと思っても、それができない。それだけだな、自分の運命に腹が立つのは」
 吉井はふざけるように笑って言ったが、その目は本当に悔しそうだった。桂田は、今でもあの時の吉井の顔を忘れない。

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