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黒いディンゴ <前編>

 
 

 パヴァロッティの、威風堂々たるテナーで今朝も起こされた。プッチーニのオペラ、「トゥーランドット」の中で歌われる曲、「誰も寝てはならぬ」だ。昨日の朝は、「帰れ、ソレントへ」だった。この5日間、毎朝パヴァロッティの声で無理矢理起こされている。
 テントから出ると、朝の砂漠の冷気に鳥肌が立った。朝陽が斜めに差し込み、西側の岸壁の半分はオレンジ色に輝いているが峡谷の奥はまだうす暗い。
「早くこっちに来て温ったまれよ!」
 ビット・コワルスキーが振り向いて手招きした。吐く息が白い。熊のようにいかつい男だが、仕草は子供っぽくて愛嬌がある。ビットは焚き火の方に向き直り、湯気を立てるポットから倉田(くらた)のマグカップにコーヒーを注ぐ。カーステレオから流れる曲が、「フニクリ・フニクラ」に変わった。
 キャニング・ストックルートに踏み込んで6日目の朝。かつては牛を運ぶ道だった砂漠のルートを抜けるまでに、まだ2、3日はかかるだろう。予備の燃料と水を積んだ車は重く、ブルダストと呼ばれる紅い砂の積もった砂漠では一日に150km進むのがやっとだ。しかも砂漠は平坦でなく、大地が波打ったように900の砂丘が続いている。
 昔、オーストラリアの牧童たちは、井戸を掘って水を捜しながら牛を運んだ。そうやって、砂漠を突っ切る最短ルートを拓いていったのだ。西オーストラリアの砂漠を斜めに突っ切る全長1600kmのキャニング・ストックルートには50の井戸が掘られ、その内の10カ所からは今でも水が出るという。西オーストラリア州政府から砂漠の水質調査を依頼された倉田は、ビットをガイド兼ドライバーとして、砂漠仕様に改造された彼の車ごと一日100ドルで雇った。
 ビットは変わり種だった。ポーランド系のオーストラリア人で、スポーツと言えばラグビーのオーストラリアで子供の時からサッカーをやり、20代の時はナショナルチームのゴールキーパーとしてオリンピックにも出たという。
 その頃は無茶をやったらしく、女にももてたらしい。30歳も歳上の、大金持ちの女と結婚してすぐ離婚したり、一晩に5人の別の女とセックスしたという武勇伝も聞いた。試合で膝と足首を骨折してサッカーを諦めたビットが、「恐るべき空白」と呼ばれる原野を放浪するようになったのが30歳の頃。どうして? と訊くと、虎は檻の中では生きられないと短く答えた。
 ビットは、車の中にライフルとピストルを隠している。イザという時に食べる動物、例えばカンガルーやラクダを射つためと、電線を射って助けを呼ぶ時のためだという。電線が切れると、必ず誰かがヘリコプターか飛行機で調べに飛んでくる。それを待って救助してもらうという寸法らしい。
 未だ荒々しい無人の原野とパヴァロッティの歌をこよなく愛する男−−それが、傷だらけの熊のようなビット・コワルスキーだった。

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