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ホラー・モーテル <前編>

 
 

「なんだか気味悪りぃとこだな」
 ハンドルを握る豪(ごう)が呟いた。助手席の竜太(りゅうた)は、膝の上に広げた3Aのロードマップを見ている。ニューオリンズから南へ向かい、ミシシッピー・デルタと呼ばれる広大な湿地帯をうろうろしている内に陽が落ちて道に迷った。
「このまま行くと、どこに出るんだよ!?」
 豪は、充血した目を瞬(しばた)いている。
「分かんねぇよ。俺、地図とか苦手だって言ってんじゃん!」
 竜太はロードマップを乱暴に畳み、後ろのシートに投げてしまった。2人共、疲れと不安のせいで苛立っている。
 ベーシストの豪とギターリストの竜太がバンドを組んで8年になるが、ブルースが生まれた土地、アメリカのディープサウスを旅することは出会った時からの2人の夢だった。メンフィスでレンタカーを借り、南部の田舎道を旅し始めて10日になる。 ヘッドライトに照らされて、「MOTEL」の文字と、右を指す矢印が赤いペンキで描かれた看板が闇の中に浮かび上がった。その先に、舗装路から外れて右に入る暗い道がある。
「ばてた。ここで泊まるぞ」
 竜太の意見も聞かず、豪はハンドルを乱暴に切って車を暗い道に乗り入れた。
 すぐに舗装が途切れて土の道になった。左右から、人の群のような林の黒い影が迫ってくる。舗装路からモーテルは思っていたより遠く、心細い灯りが見えるまでに20分近くかかった。
 オフィスらしい小屋の先に広がる駐車場を挟んで向き合うように、コテージ風の木造の小屋が八つ並んでいる。オフィスの窓から洩れる灯り以外他に光はなく、駐車場もコテージ風の小屋も深閑とした闇の中に沈んでいる。
 軒下に下がった看板のネオンは消えていた。入り口の網戸には大きな蛾や甲虫がびっしりへばりついていて、開けると嫌な音が軋んだ。
「商売する気あんのかよ・・・」
 ブツブツ言いながら、豪はフロントデスクの隅に置かれた重い真鍮の鈴を振った。竜太は車の中でふてくされている。
 奥の部屋から、海坊主のような半裸の白人がのっそり現れた。むくんだ肩から腕にかけて入れ墨が散り、たるんだ胸の乳首には安全ピンが刺さっている。
「部屋、ありますか?」
「一泊、30ドル。エアコンはつくが、テレビはつかない」
 海坊主の声に抑揚はなかった。饐えたような腋臭(わきが)の臭いが鼻をつく。少し白濁したした右目は動かなかった。
 金を払ってルームキーを受け取り、車を駐車場に移動させて小屋の1つに入った。
「うわっ、なんだこの臭い!」
 入るなり竜太が顔を顰めた。薄暗い部屋に湿っぽい黴の臭いが充満している。血糊の跡のような染みが天井や壁に広がり、ベッドも湿っぽい。
「最低だな、ここ」
 攻めるような目で竜太が豪を見た。その目つきが豪の癇に障った。この10日間、文句ばかりの竜太にずっと我慢してきたが、それも限界だった。
「しょうがないだろ、他にどこもないんだから。嫌だったら車で寝ろよ!」
 売り言葉に買い言葉。そうするわと吐き捨てて、竜太は出ていってしまった。
 1人になると、部屋に充満する黴の臭いが余計気になった。ベッドサイドのライトテーブルに、薄っぺらな雑誌が数冊重ねてあった。何気なく頁を繰った豪の体が強張った。事件や事故で死んだ人間の写真ばかりを載せた死体雑誌だった。蒸し暑くて首筋には汗が滲んでいるのに、背中のあたりが寒くなった。

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