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雨の臭いのする砂漠 <前編>

 
 

 一夜明けると雨はあがっていた。昨日の暗い空が嘘のように晴れ渡り、原野が目映い光の中で輝いている。空気は澄んで乾いているのに雨の匂いがする。
 アメリカの南西部の砂漠地帯はグレートベイスン、モハベ、ソノーラの3つの地勢に分けられ、中で最も広大なソノーラ砂漠は国境線を越えてメキシコ北部にまで広がっている。中心地域で夏の地表温度が摂氏90度にもなる苛酷な土地だが、しかし夏と冬の2度、ここには天が割れたような雨が降る。この雨が2500種以上の植物を育み、ソノーラ砂漠特有の生態系を支えているのだ。
「地球の地表面積の14%が砂漠らしいが、こんなに命豊かな砂漠は世界中で多分ここだけだよ」
 居留区自治警察の警察官、ワウヒアが誇らし気に言った。
 自らをトホノ・オォトハム−−砂漠の民と呼ぶ先住民、パパゴ族の居留区はメキシコ国境まで続く100ヘクタールの原野。アメリカの中ではナバホ族のそれに次ぐ広大な居留区だが、白人が押し寄せる前はもっと広大な原野で彼らは自由に生きていた。もちろん、国境線など関係なく。
 パパゴ族が「雨の匂いのする砂漠」と呼ぶ原野のことは本で読んで知っていた。陶芸家の佐和子(さわこ)はアメリカ先住民の工芸品からインスピレーションを得ることが多く、これまでも何度かアメリカ南西部を訪ねているがパパゴ族の居留区に足を踏み入れたのは今度が初めてだった。
「本当に、この砂漠には雨が降るのね・・・」
「年寄り連中が、2日前から雨乞いの儀式をやっているからね」
 感心したような佐和子の呟きに、ワウヒアが真顔で応えた。
「雨乞いの儀式って、どんなことをするの?」
「大地にジッと立つ者からつくられた酒を飲んで酔っ払っては吐き、また酒を飲んで酔っ払っては吐く。それを繰り返すんだ」
「大地にジッと立つ者って、誰のこと?」
「サグアロ・サボテンのことだよ。連中は植物じゃなくて、大地にジッと立つ者なんだ。少なくとも、年寄り連中はそう思っている」
 大地に根を張る巨大なサグアロ・サボテンには、確かに寡黙な巨人のような存在感がある。
「そのサボテンからつくったお酒を飲んで酔っ払うと、何がどうなるの?」
「だから、雨が降る」
 短く答えたワウヒアは、やはり真顔だった。

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