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一番淋しい道 <後編>

 
 

 薄暗いカフェに入り、アップルパイとホットチョコレートを頼んだ。だるそうな歌い方のカントリーブルースが流れる店の奥に、アンティックのようなスロットマシンが数台並んでいる。客は水島(みずしま)一人だ。
「どこから来た?」
 注文を受けた40がらみのウエイトレスと入れ替わるように、それよりもっと年寄りが奥から出て来た。店の主人らしい。
「ロスからです。休みが取れたんで、古いアメリカが残っている場所を訪ねてみようと思って。50号線は、前から走りたいと思っていた道なんです」
「酔狂なこった」
 肩を竦めた老主人は、水島に断りもなく向かいの席に腰を下ろした。無愛想を装っているが、本当のところはお喋りしたくて仕方ないに違いない。
「淋しいとこだろ?」
 老主人が訊いてきた。
「そうですね」
 お世辞の言葉が見つからなかった。
「この町も、シルバーラッシュの頃につくられたブームタウンの一つでな。その頃は1万以上の人間が暮らしていたらしい。今じゃあ300人足らずになっちまったが、昔はさぞかし活気があったんだろうな」
 老主人はよく喋った。水島のことはお構いなしに、今まで溜めていたものを一度に吐き出すように喋った。たまに訪ねる酔狂者を見つけては、こうして淋しさを紛らわしているのだろう。
「夢を追うには歳を取りすぎたよ。時々、若い頃に戻れたらと思うが、そんな虫のいいこと起こるはずもないしな」
 散々喋った挙げ句に、老主人は肩で溜め息をついた。
 気がつくと小1時間経っていた。陽が傾き初めて店の中が一層暗くなっている。水島は慌てて店から出、人気のないオースチンの町を後にした。
 数キロ先の大きなカーブの途中に道路標識が立っていた。白地にブルーで描かれた「50」の数字が目を引き、その下に小さく、「Loneliest road in America」とある。記念に写真を撮ろうと、水島はバイクを谷側の路肩に止めた。
 ヘルメットを外してデジタルカメラを構えた時、銃声が谷間に谺(こだま)して驚いた。右に深く落ち込んだ谷を覗くと、100メートルほど下の原にゴミ捨て場が広がっていた。冷たい風に揺れる灌木の間に、錆びた車や冷蔵庫が散乱している。
 色みのない世界で、小さな赤い点が一つ動いている。それは、鮮やかな赤のアポロキャップだった。ガソリンスタンドにいた少年がライフルを射っているのだ。
 新しい獲物を見つけたらしい少年は止まり、ライフルを構えて引き金を引いた。乾いた銃声が谷に谺(こだま)し、廃車になったピックアップの窓ガラスが砕け散った。
 眼下の遙か彼方に、西陽を受けて光る線が水平に走っている。ネバダを掠めてカリフォルニアに至るインターステイト80号線だろう。その上を滑ってゆく芥子(けし)粒のような車たちが、陽光を反射してキラキラ輝いている。
 少年は、あのフリーウェイを走って別の場所に行けるのだろうか。
 また銃声が響いた。長い尾を引いて谺(こだま)するその銃声が、少年の叫びのように聞こえた。

終わり