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天使の分け前 <後編>

 
 

 酒倉を一巡するだけで小1時間かかった。そこには、長い時の流れと無数の人生が封じ込められていた。
 出口の端の暗がりに、直径30センチほどの小さな樽が置いてあった。栓の抜かれた穴に届くように、床から可愛らしい木製の梯子が架けてある。
「マニュエルの樽です」
 アルフォンソが足元の不思議な樽に目をやった。
「マニュエル?」
「酒倉の守り神です」
 アルフォンソが指差した壁に1枚の写真が貼られていた。太った鼠が梯子を登り、樽の穴からシェリーを舐めている姿を撮った写真だった。
「代々この酒倉に棲んでいる鼠の一族です。シェリーが好きな変わりものの一族で、時々千鳥足で歩いています。彼らは中々の酒通で、決して他のボデーガには行きません。どこのシェリーが1番旨いか、よく知っているのです」
 アルフォンソは誇らし気だった。

 宿への帰り道で、流浪の人々の土臭いフラメンコと出くわした。歌い踊る人々の輪の中に、10歳ほどの少女が1人混ざっている。
 その目つき、その腰つきはすでに熟成した女のそれだった。男を誘う目、男をざわつかせる身のこなし・・・。少女の華奢な体に流れる血の熱さに目を奪われた。
「この齢からこんなに色っぽいんじゃ、先々大変だろうな」
 呟いた日本語が分かるはずもないのに、脇に立つ老人に睨みつけられた。
「大変だから面白いんだ。平坦な人生に何の意味がある」
 黒いベレー帽の下のきつい目が、そう言ったように見えた。老人の、スモックのようなジャケットのポケットから、シェリーの瓶の先が覗いている。
 脱サラして4年。大変な人生を選んでよかったと、飯島(いいじま)は心の底から思った。

終わり