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(いびつ)な世界 <前編>

 
 

 白人からブッシュマンと呼ばれるサン人の言語体系は、舌打ち音に似た「吸打音(クリック)」が混ざる独特なものだ。フィールドワークのためにカラハリ砂漠で彼らと暮らした言語学者の橋詰(はしづめ)は、約2カ月振りにボツワナのマウンに戻ってきた。
 カラハリ砂漠の北の端に位置するマウンはゴーストタウンのように閑散として寒々しい町だが、それでも2カ月暮らした原野に較べれば充分に文明の匂いがする。橋詰はイギリス人の経営するリゾート・ヴィラのコテージを1棟借り、熱いシャワーを浴びて小ざっぱりしてから別棟のバーに出かけた。
 よく冷えたビールが体に染みる。乾ききった砂にスコールの雨水が吸い込まれてゆくようだ。1杯目のジョッキを一気に乾して唸った時、白人の青年が声をかけてきた。
「お仕事ですか?」
 馴れ馴れしいが嫌な感じでないのは、好奇心を素直に表しているからだろうか。何か含みがありそうなら警戒するのだが、青年の目は素直に人なつこい。
 橋詰が自分の仕事について簡単に説明すると青年はウェイターを呼んで何やら注文し、「座ってもいいですか?」と一応訊いたうえで同じテーブルの席についた。トム・イーグリングと名乗った青年は若干25歳のイギリス系南アフリカ人で、やはり仕事でこの地に逗留しているという。
 すぐに、ぶ厚いガラスのショットグラスが二つ運ばれてきた。透明な緑色と、どろりとしたココア色の二層に分かれた、いかにも強くて甘そうなカクテルだ。トムはグラスを摘んで顔の高さに上げ、もう一つのグラスを手にするよう橋詰に促した。奢るつもりらしい。
「スプリングボックという、ミントリキュールとベリーズを合わせたカクテルです。スプリングボックというのは南アフリカの町の名前で、そのあたりの砂漠からエメラルドが掘り出されるんです。原野の地下に眠るエメラルドというイメージで誰かが考えたカクテルですよ」
 なるほど、砂漠に眠るエメラルドをイメージするとこういうカクテルになるのか。25歳とは思えない、世馴れた感じのトムに習って一気に流し込んだ。思っていたとおり、歯が溶けそうに甘く、喉が灼けるように強い。
「で、君の仕事は何?どんなことをやってるの?」
 橋詰が訊くと、トムは黙って名刺を出した。会社の名前はやたらと長ったらしく、肩書きは「航空地球物理学技師」となっている。何やら怪し気だ。
「空飛ぶ山師ですよ。飛行機に乗って、空から地中のお宝を捜すんです」
 自嘲するような笑みを浮かべてからウェイターを呼び、トムは2杯目のスプリングボックを2杯注文した。

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