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海から帰る <後編>

 
 

 暗くなって飯を食いに出た。1号線沿いに並ぶ、ガソリンスタンドやカフェの中に「SUSHI BAR」の看板を下げた小さなレストランを見つけ、恐いもの見たさで入ってみた。中は和風と中華風がごちゃ混ぜのつくりで、客は1人もいなかった。エアコンが効きすぎていて寒いくらいだ。
 出てきたウェイトレスは、Tシャツにショートパンツの、よく陽灼けした東洋人の女だった。齢は20代後半といったところか。彼女は大木(おおき)の顔を見、流暢な日本語で「いらっしゃい」と言った。日本人らしい。
「バイクですか?」
 テーブルに置いたヘルメットに目をやって彼女が訊いてきた。
「マイアミの友だちから借りたバイクでフロリダを回ったんだ。2週間の休みが取れたんだけど、それも明日でおしまい。楽しい時間はあっという間に過ぎるよな」
「明日マイアミに戻るんですか?」
「そう。明日戻ってバイクを返して、明後日の朝には東京行きの飛行機の中だ。あの忙しさと暑さの中に帰るかと思うとうんざりするね」
 彼女は小さく頷いたが、しかし何も応えなかった。何か別のことを考えているような顔をしている。
「こっちの生まれ?」
 大木が訊くと彼女は首を横に振った。プロのダイバーに憧れ、日本でインストラクターまでの資格を取ってこちらに来たが仕事がなく、中国人が経営するこの店でウェイトレスをやりながら食いつないでいるという。
「トレジャー・ダイビングって知ってます?」
 彼女の目が輝いた。
「沈没船の宝ものを捜して海に潜るやつだろ」
「そうです。メキシコ湾やカリブ海には昔のスペインのガレオン船や海賊船が沢山沈んでいて、それを見つければ大金持ちです。フロリダ・キーズにはトレジャーハンティングのダイバーたちが沢山いて、沈没船を見つけて億万長者になった人も何人もいるんです」
「君もその一人になろうってわけか」
「夢は大きい方がいいでしょ」
 戯けるように答えたが、その笑みには翳(かげ)があった。
 頼んだ巻き寿司と味噌汁は思っていたより旨かった。日本の料理屋で働いた中国人がアメリカに渡り、和中折衷の店を出したのだという。
 払いをすませて店を出た大木を彼女が追ってきた。
「すいません。初めて会った人にこんなこと頼むの図々しいんですけど」
 切羽詰まった目をしている。
「明日、マイアミまで乗せていってくれませんか?」
 意を決したように彼女は言った。
「急用でもあるのか?」
「そういうわけじゃあ・・・」
 彼女は言葉を濁した。
「夢まであんまり遠いんで、それで逃げ出そうってわけか?」
 意地悪な言葉に彼女は答えなかった。
「乗せていくのは全然構わないけど、もう少し頑張ってみたらどうだ。一度夢を諦めると、諦め癖ってやつがついちまうぞ」
 説教めいたことを言ってからモーテルの名前を教えた。もし夢を諦めるのなら、明日の朝8時までにモーテルに来いと言って大木は彼女と別れた。

 翌朝8時になっても彼女は現れなかった。8時15分まで待っても来ないので、大木はバイクに跨ってマイアミに向かった。
 どんなことがあって彼女が夢を諦めそうになったのか、それは知らない。いずれにせよ、約束に時間に来なかったということはもう少し頑張ってみる気になったのだろう。
 それがいい。それが正解だ。夢を諦めることなんていつだってできる。最後までバタバタしたから生きるのが人間ってもんだろう・・・。気がつくと自分に言い聞かせていた。
 銀色に煌めく海を断ち割って白い道が延びてゆく。朝の潮風を切り裂くように、大木はスロットルを開けた。

終わり