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老人の見る夢 <前編>

 
 

 アルベルト・グラナドスという名の老人は、木陰のビーチベッドに俯せになって眠っていた。染みの散った白い背中に、カリブの陽射しがつくる枝葉の影が揺れている。スピーカーから流れるサルサや人々の声でビーチは騒がしいのに、不思議と、その老人のまわりだけは静かだった。
 老人が静寂のオーラのようなものを発しているのか、それとも静けさが老人を守るようにして包んでいるのか。ともかく、そこにだけ静けさがあり、だから老人の気持ちよさそうな寝息までが聞こえた。
 この人はどんな夢を見ているのか・・・。
 馬渕(まぶち)は、老人の穏やかな寝顔をみていた。

 キューバの首都、ハバナの新市街、ミラマール地区。海沿いに並ぶホテルの一つに、馬渕はアルベルト・グラナドスを訪ねた。グラナドスの家は近くにあったが家族が多くてゆっくり話をする場所もないから、時々静養にゆくホテルに来てくれと言われたのだ。
 馬渕は、伝説の男、チェ・ゲバラの本を書くために、彼の人生に関わった人々と会う旅を続けていた。ゲバラより6歳齢上のグラナドスは、いわば兄貴分のような存在で、当時23歳だったゲバラを壮大な旅に誘ったのもグラナドスだった。
 80歳になったグラナドスはダークラムのオン・ザ・ロックを舐めながら、51年前の、2人で旅を決意した日のことを思い出してくれた。
「あれは1951年の秋だった。チェも私も旅と冒険に憧れていた。アルゼンチンから出て、広い世界を見てみたかったんだ。で、南米大陸を回って北米まで行く旅を私が提案した。チェは、すぐに話に乗ったよ。2人共、決めたらすぐに行動を起こすタイプの男だったんだ。で、オンボロバイクに2人乗りの大変な旅が始まった。今から思えば無茶苦茶な旅だったが、我が人生最高の経験だったよ。結局、その旅が、その後の2人の人生を決定したんだからね」
 「ボデローサ2号(強力2号)」と名づけた、中古のノートン500に跨った2人は51年の冬に旅発った。アンデス山脈を西に越えてアルゼンチンからチリに入り、太平洋岸を北上して南米大陸を縦断、なりゆき次第では北米大陸まで足を延ばそうという大計画だったが、2人の所持金は僅かで、これから、向かおうとする土地に関する予備知識もなきに等しかった。悪戦苦闘、七転八倒の旅は7ヶ月間続き、2人の別れによって終わった。グラナドスはベネズエラで医者の仕事を捜そうと思い、ゲバラは、1度アルゼンチンに戻って医者の資格を取ってから新たな旅を始めるつもりでいた。
2人が別れてから6年半後の1959年1月、グラナドスも許にゲバラからの手紙が届いた。
「キューバで革命を起こした。これからの国づくりに、教師や医者がもっともっと必要だ。こっちへ来て、キューバという国を一緒につくらないか」
 ゲバラの誘いは魅力的だった。仲間と共に理想の国をつくる−−人生を賭けるに値する、それこそ大冒険ではないか。ベネズエラで医者として成功していた36歳のグラナドスは、しかし躊躇なく私財を処分し、妻子と共にキューバへ向かったのだ。

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