100枚の絵ハガキ   Next
   
     

無口な荷物 <前編>

 
 

 エル・ロザリオという名の埃っぽい集落を抜けると、道はいきなり上り始めた。3A(アメリカ自動車協会)発行のガイドブックには、この先にハイデザートと呼ばれる高地砂漠が広がり、それは半島を縦貫して南端にまで至ると書いてある。
 メキシコ、バハ・カリフォルニア半島。アメリカとの国境から南へ1800キロ延びる半島が荒涼とした原始の地であることは聞いていた。かつてはスペイン人が入植を諦め、今は、メキシコ人が「悪魔の半島」と呼ぶほどに苛酷な地であることも本で読んだ。
 標高が高くなるにつれ、乾いて罅割れた山肌に根を張る奇妙な形の植物群が目立ってきた。気が狂った人骨のような植物、うなだれた象の鼻のような植物、仁王立ちに立った緑色の巨人のような植物・・・。鋭い棘で全身を覆ったサボテンたちは、地響きを立てて今にも歩き出しそうだ。
 こんな風景は今まで見たことがない。アメリカの原野はよく知っているが、この土地の荒々しさはその比ではない。問答無用に侵入者を拒絶する敵意のようなものを感じる。
 それに、積み荷だ。個人営業の運び屋だからどんな荷物でも扱ってきたが、しかし今回のような積み荷を運んだことはさすがにない。FRP製のシェルに覆われた後部荷台には細長い木の箱が積まれ、中にはドライアイスで冷やされた死体が収まっている。積み荷がものを言わないのはいつものことだが、まったく喋らない人間を運ぶのは初めてだ。
 アルベルト・ロペスは、国境の町、ティワナのボクシング・バーで働く殴られ屋だった。飄々としていながら腹にナイフを呑んでいるようなロペスと出会い、息抜きにティワナに来る度に酒を奢るようになって10年以上が経つ。
 そのロペスが、突然死んだ。国境地帯に巣食うギャングのグループに殴り殺されたという。
「奴のことだから、誰かを助けようとでもしたんだろ。昔と違うんだから、もう無茶はするなと言ってたんだがな・・・」
 ボクシング・バーのマネージャー、アーニー・サルガドの手に、3000ドル分の100ドル紙幣を詰めた封筒があった。ロペスのじん帯や軟骨、血管や皮膚の一部を売って得た金だという。
「この金を、生まれ故郷の村にいる、奴のかみさんと子供に届けてくれないか。もし死んだら、売れるものは何でも売って、つくった金をかみさんと子供に届けてくれと頼まれていたんだ。こいつは、それこそ奴が体で稼いだ最後の金だ。それを無駄にはできないだろ?」
 サルガドに頼み込まれ、ロペスの遺体と3000ドルを運ぶ羽目になってしまった。
 ロペスは半島の遥か南、太平洋の荒波に洗われる小さな漁村の生まれだという。自分に妻と子供がいることなどロペスは一度も口にしなかったが、言えない、あるいは言いたくない事情があったのだろう。真木大介(まきだいすけ)は、無口な荷物と共に半島を南へ下った。

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