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無口な荷物 <後編>

 
 

 ロペスの生まれ故郷、サンファニコに着いたのは、ティワナを後にして2日目の夜だった。途中、ゲレロネグロという名の町のモーテルに一泊し、氷と塩を棺桶に詰め込んで町を後にしたのが今朝の6時。ゲレロネグロは塩田とホエール・ウォッチングの町で、氷と塩も手に入り易くて助かった。
 サンファニコはちっぽけな漁村だった。家の灯は消え、村はすでに寝息をたてていた。漁村の夜は早いのだろう。打ち寄せる波の音だけが闇の中に聞こえる。
 焚き火の炎が遠くに見えた。砂浜に下りて慎重に進んでゆくと、粗末な掛小屋の前で男たちが焚き火を囲んでいた。火に当たらせてくれと頼むと、男たちは心よく席をつくってくれた。形(なり)はむさ苦しいが気のいい漁師たちだった。
「ロペスの家を知らないか?」
 中で一番年嵩の漁師に訊いてみた。
「知らないな。悪いが、俺たちはここの生まれじゃないんだ」
 意外にも、他の土地からやって来た出稼ぎの漁師たちだった。季節に合わせ、半島のあちこちを移動しながら稼ぐらしい。
 真木は漁師たちに分けてもらったテキーラで体を温め、ヒーターをつけた車の中で仮眠した。
 陽が昇ると、目の前に大きな海が広がった。何艘かのボートが、すでに海に出る準備をしている。少しして、昨夜の漁師の一人が村の古老を連れてきた。
「確かにロペスだ。ずい分老けちまったけどな・・・」
 棺桶の中のロペスを見て古老が呟いた。
「ロペスの奥さんと子供は?」
 真木が訊くと、古老は弱々しく首を横に振った。
「あいつは、もうとっくにおらんよ。よそ者の漁師とできて出ていったのが、もう10年以上も前だ。それに、子供なんて元々いやしない。あいつは嘘をついて、純情なロペスに金を送らせていたんだ。あいつは、そういう女なんだよ」
 ロペスは、子供の時からボクシングの才能があったらしい。アニタという名の村の女と一緒になったのが19歳。しかしプロボクサーへの夢は断ち難く、1人でティワナに向かってから消息不明になったという。
「それでも、奴はちゃんと金を送ってきていた。何をしてつくった金かは知らんが、律義に送金していたよ。女房と、いもしない子供のためにな」
 老人は、何も言わないロペスの顔を見ている。
「ロペスを、この村の墓地に埋めてやって下さい。それから、これを奴のために使ってやって下さい」
 真木は、100ドル札の詰まった封筒を古老に差し出した。
「ロペスが、体を張って稼いだ金です。決して、妙な金じゃありません」
「立派な墓をつくってやるよ。この村一番の墓をな」
 古老は封筒を受け取り、頷いた。
 漁師たちに手伝ってもらい、棺桶を荷台から下ろした。蓋を開け、その死に顔に声をかけた。
「やっと落ち着けるな」
 ロペスはやはり無言だったが、微かに頷いたように見えた。
 道を折り返し、サンファニコの先の高台で車を止めた。
 眼下に広がるコバルトブルーの穏やかな海に、小さなボートが点々と散っている。粗末だが快適そうな家が身を寄せ合うサンファニコの村の左手に、海を見下ろすように共同墓地が広がっている。
 流転の末に、ロペスはあそこに眠るのだ。煙草を1本吸い、ロペスに無言の別れを告げてから、真木はアクセルを踏み込んだ。自分は、どこに埋められることになるのかと思いながら・・・。

終わり