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星へ走る者 <後編>

 
 

 山崎(やまざき)は、モンゴル人ライダーの蹴立てる砂煙を無我夢中で追った。GPSは壊れていて方角は分からないし、これ以上ミスコースを重ねたらガス欠して一巻の終わりだ。こうなったら、ここまで生き残ってきたモンゴル人を信じてついてゆくしかない。
 30キロほど走ると唐突に砂丘地帯が終わり、小石を敷きつめたような土漠を断ち割って延びるピストに出た。嘘みたいだった。モンゴル人ライダーは、あの砂丘の上から、遥か彼方のピストが見えていたのだろうか。モンゴル人ライダーは、すでに2キロほど先のピストの上を風のように走っている。
 ピストをさらに20キロ走り、今日二つ目のチェックポイントに辿り着いた。この先は、今日のゴール地点まで水もガソリンの補給もできない。ルートマップによれば、何の目標物もない平原がこの先200キロ以上続くことになっている。
 スタックしたマシンが、まだ20台近く砂丘地帯に取り残されているとオフィシャルスタッフから聞かされた。その内の殆ど、多分今日の内にリタイアーするだろう。ガソリンと水を補給し、山崎はそそくさとスタートした。本当はもっと休みたかったが、遅れて闇に掴まるのが恐かった。先に着いた例のモンゴル人ライダーは、ヘルメットもブーツも脱ぎ捨てて気持ちよさそうに昼寝していた。
 何の目印もない平原が延々と続いた。時々ピストが枝分かれしていて、その度にバイクを止めてルートマップを確認しなければならない。慎重に進んでいるつもりでも、それでも何度もミスコースした。まるで、掴みどころのない迷宮に迷い込んだような気分だ。走り回った挙げ句に同じ場所に戻ってしまった時には、一生ここから出られないのではないかと思って心底から恐くなった。
 陽が沈み、闇が下りてきた。疲れと焦りが不注意を呼び、ギャップを飛んで転倒した。もう、起き上がるのも億劫だった。何万という星が頭上で冷たく光っている。レースを諦め、このまま眠ってしまおうかと目を閉じた時、エンジン音が聞こえた。
後から追いついてきたのは、例のモンゴル人ライダーだった。たっぷり休んだらしく、その走りには精気が漲っていた。
 モンゴル人ライダーは山崎の脇にバイクを止め、砂丘の上からやったように、身振りで俺についてこいと言った。
 山崎がバイクを起こしてエンジンを始動させるのを待って、モンゴル人ライダーはスロットルを開けた。山崎は、眠気と闘いながら必死にその後を追った。
 モンゴル人ライダーは、ある方向に向かって躊躇なく突き進んでゆく。GPSもないし、ライトだってノーマルだ。しかし彼は、自信をもってスロットルを開け続ける。
 時々、前を走るモンゴル人のヘルメットが上を向く。頭上にはガラスの粉を撒いたような星の光が空を埋めている。モンゴル人ライダーは、いくつかの星で方角を確認しながら走っているらしい。
 ハイテク機器など、荒ぶる原野では何の役にも立たなかった。星に向かって走るモンゴル人の背中が、山崎には何よりも頼もしかった。

終わり