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キャンプグランド <後編>

 
 

 鳥のさえずりで目を覚ました。シュラフから出した顔が、未明の冷気で冷たくなっている。テントは張らず、地べたに敷いたグランドシートの上にごろ寝したから、頭の上に高い空が広がっている。あたりは、まだ仄暗く、彼方に連なる岩山の稜線に弱々しい光がやっと生まれようとしているところだった。
 洗面所で顔を洗い、キャンプグランドの奥の方へ歩いた。その時、東の稜線から太陽が昇り、眩しい光が扇状に広がって雲を金色に染めた。星たちの瞬きが消え、空が、見る間に青く、高く抜けてゆく。
 昨夜は暗くて分からなかったが、あたり一面に灌木と背の低いサボテンが生い茂り、遠くの山肌には、緑色の巨人が両腕を広げたようなサボテンの林が続いていた。
 冷気が、見る間に太陽に温められてゆく。灌木の陰から飛び出した耳の長いウサギが、健作の方を向き直って一瞬立ち止まり、それからすぐに丸い尻を振って走り去った。
 キャンプグランドは広大だった。奥へ行けば行くほど、キャンピング・カーやモーター・ホームの数が増えてくる。どれも古い移動式住居で、屋根にパラボラアンテナを立てたり、郵便受けを入口に立てたりしている。
「おはよう!」
 声のした方を見ると、蒲鉾のような形をしたモーター・ホームの前で、髪の白い小肥りの老女が手を振っていた。
「コーヒー、飲んでいらっしゃい!」
 老女が手招きした。健作は香ばしい匂いに誘われてモーター・ホームの方へ歩いた。
 「いただきます」というのを英語でどう言っていいか分からず、「ありがとう」と頭を下げてから熱いコーヒーに口をつけた。
「旅行者?」
「そうです」
「どこまで行くの?」
「エルパソまで」
「エルパソだったら、こんな所を通らずに10号をまっすぐ行けばいいのに」
「田舎の道を走りたかったんです」
 そう応えてから、今度は健作の方が聞いた。
「ここに住んでいるんですか?」
「ここに来て、もう4年になるわ。空気が乾いていて一年中温かだし、土地の使用料も1日10ドルと安いの。ずっと住んでいたユタの方は冬が寒くてリュウマチによくないし、娘や息子たちも出て行っちゃったしね」
 老女は、訊いていないことまで喋った。
「お一人ですか?」
「連れ合いは2年前に死んだわ。もともと心臓が悪くてね・・・。
私たち、ずい分色々な所を旅したわよ。仕事を捜して旅して、見つけた仕事がなくなると、また次の仕事を捜して旅に出るの。大変だったけど、でも楽しかったわ。あの人も私も精一杯生きたの。色々あったけど、でも素敵な日々だった・・・」
 言い方は湿っぽくないが、目は遠くを見ている。
「でも、さすがにもう疲れたわ。もう、旅はたくさん」
 老女は笑みを浮かべて丸い肩を竦めた。
「あの人もここに眠っているし、私もここで人生の幕を下ろすの。ここは気候もいいし、静かだし、町みたいに疲れないし。ここにいれば、他人に気を使わずにマイペースで生きてゆけるの。もう、つまらないことで疲れるのはたくさんだわ・・・。あなた、旅は好き?」
 訊かれて健作は曖昧に頷いた。曖昧に頷くことしかできなかった。本当に旅が好きかどうか分かるほど旅をしていない。
「若い時は、どんどん旅をすることね。たくさんの物を見て、たくさんの人と会って・・・。
止まっちゃ駄目よ。止まることなんて、いつだってできるんだから。たくさん旅をして、たくさん迷いなさい。それが、生きるってことだから。死ぬ時に後悔しないためにも、今のうちにたくさん旅をするのよ」
 老女は、自分の息子を見るような目をしていた。

終わり