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プラウド・メアリー <前編>

 
 

 ミシシッピー州に入ったあたりからエンジンの調子がおかしくなった。アクセルを踏んでも吹き上がらないし、水温計の目盛りが傾いてレッドゾーンに近づいてゆく。その内、エンジンルームから白煙が立ち昇ってきた。
 渡(わたる)は10号線から下り、トラックストップの駐車場の隅にピックアップを滑り込ませた。機関車のようなトレーラートラックの群が壁をつくり、その中に入ると迷路に迷い込んだような気分になる。
 フードを開けると、オイルの焼ける臭いが鼻をついた。ラジエーターに穴が開いていて、冷却水が殆ど流れ出ている。
「治りそう?」
 理恵(りえ)が、細い首を伸ばしてエンジンルームを覗き込む。
「レッカーに来てもらわなくちゃ駄目だな。これ以上走ったら、エンジンが完全にいかれちゃうよ」
 渡が、両手を広げて大げさに肩を竦めた。
「トラブルか?」
 エンジンルームを覗き込んでいる渡と理恵に、大きな紙袋を抱えた男が気安く声をかけてきた。ダンガリーシャツを肘までまくり上げ、頭にはブルドッグのワッペンを縫いつけた青いアポロキャップを乗せている。典型的なトラッカーだ。ドライブインで、テイクアウトの昼飯でも買い込んできたのだろう。
「ラジエーターがいかれちゃって・・・」
「修理屋を呼ばなくちゃ駄目だな」
 トラッカーは素っ気なく言った。
「急いでいるのか?」
「そうなんです」
 渡を差し置いて理恵が答えた。
「どこまで行くんだ?」
「フロリダの、ケープ・コーラルって町までです。そこにいる友だちが病気なんです」
 思い詰めたような理恵に、拍子抜けするほど軽い調子でトラッカーは言った。
「俺たちはマイアミまで行くんだ。もしよかったら、近くまで乗せていってやるよ。車は、後で取りに来ればいい」
 俺たちと言うからには、他にも仲間がいるらしい。
「お願いします!乗せて下さい 」
 理恵の大きな声に、渡もトラッカーも驚いた。
 トラッカーは口笛を吹きながら歩き始めた。渡と理恵は荷物を抱え、慌ててトラッカーの後を追いかけた。
 銀色の、巨大な冷蔵トレーラー・トラックだった。コックピットが見上げるような位置にある。トラッカーに続いて、渡と理恵もスチールの梯子を上った。
「ハイ!」
 助手席で、金髪をピンクのリボンでポニーテールにまとめた女が笑っていた。陽に灼けた顔に小皺が走っている。齢は40歳前後だろうか。
「女房のメアリーだ。俺はジェシー。ジェシー・ジェームスのジェシーだ」
トラッカーは剽軽(ひょうきん)な調子で自己紹介した。渡と理恵も慌てて自分の名前を名乗る。
「そこに座って。少し狭いけど、我慢してね」
 メアリーは、運転席の後ろの、ソファーベッドの置かれた仮眠用のスペースを指で差した。
「行こうか」
 ジェシーがエンジンを回した。
「トラックの名前は、プラウド・メアリー号よ」
 メアリーが、渡と理恵の方を振り向いてウィンクした。
「扱いにくい牝馬だよ」
 ジェシーがメアリーを見てニヤリと笑った。「プラウド・メアリー号」は轟と吠えて動き始めた。

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