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プラウド・メアリー <後編>

 
 

 「プラウド・メアリー号」は10号線を東に驀進していた。コックピットの後ろに繋がる一二メートルの冷蔵コンテナには40トン近い野菜が積まれている。高級野菜の産地として名高いカリフォルニア州サリナスでつくられた野菜だ。ジェームス・ディーンの映画「エデンの東」では父親が、西海岸で作られた野菜を氷詰めにして貨物列車で東海岸へ運ぼうとしていた。時代は1917年。それから86年が経った今では、冷蔵トレーラー・トラックが生鮮食品流通の主役になっている。
「トラック・ドライバーになって30年だよ」
 大きなハンドルに両手を添えたジェシーが言う。重低音の効いたスピーカーからはCCRのテープが流れている。
「私とジェシーが一緒に走るようになってからも、もう10年近くたつのよ」
 助手席のメアリーは煙草をくゆらせている。
「メアリーさんも運転するんですか?」
「もちろんさ。カリフォルニアからフロリダまで、俺一人で転がすんじゃあ身が持たない」
 理恵(りえ)に答えたのはジェシーの方だった。メアリーは、無言で頷いて紫色の煙を吐き出した。
 二人で交替しながら運転して、サリナス、マイアミ間一往復で1400ドル。毎月4往復して、年収は約5万ドルだという。
 ジェシーは50代に見えるし、メアリーだって40歳は過ぎているだろう。理恵から見れば親に近い齢の2人が、機関車のようなトレーラー・トラックを転がしている。
「家はないんですか?」
 渡(わたる)が訊いた。
「カリフォルニアにアパートを借りているわよ。でも、そこには1年の内の3分の1もいないわ。私たちの家は、このプラウド・メアリーなの」
 メアリーが誇らし気な目をした。
「体が続く限り、俺たちは走り続けるんだ。それが、俺たちが選んだ生き方なんだよ」
 ジェシーは、ヘッドライトの中に浮き上がる道の先を見ている。そんなジェシーに、メアリーは無言で相槌を打つ。
 200マイルほど走り、フリーウェイ沿いのレストエリアに入った。メアリーと理恵は連れだってトイレに行き、ジェシーと渡は熱いコーヒーで眠気を覚ます。
 トイレから戻ったメアリーが運転席に収まり、ジェシーと渡が後ろのソファーベッドに座る。メアリーが助手席のシートを手で叩き、ここに座れと理恵に合図した。
「どう?女二人組のトラッカーよ。決まっているでしょ」
 振り向いて、メアリーが渡にウィンクした。
「ちょっと、齢の差のあるテルマ・アンド・ルイーズだな」
 ジェシーが茶化した。メアリーはカセットテープをボニー・レイトに変え、ギアーを入れてアクセルを踏んだ。
「お巡りに気をつけてくれよ、テルマさん」
「つべこべ言わず、男どもは青臭い夢でも見ていなさい」
 「プラウド・メアリー号」はレストエリアを後にし、再び10号線に乗って東へ向かった。
 開けた窓から吹き込む風は生温かい。ボニー・レイトの歌に合わせて口笛を吹きながらハンドルを握るメアリーの横顔を、理恵は無言で見つめていた。

終わり