100枚の絵ハガキ   Next
   
     

砂丘 <前編>

 
 

 目が覚めると、テントの中には誰もいなかった。慌てて外に出ると、冷たい霧に包まれた。世界は白濁していて、まるでミルクの中にいるようだ。視界は10メートルもきかない。
 手探りで車まで歩くと、ルネとアハメッドが立ったままミントティーとビスケットの朝食をとっていた。ルネの右手にはしっかり包帯が巻かれていて、痛みもないようだ。「大丈夫?」と治(おさむ)が訊くと、「OK」と答えてルネが笑った。これしきのことには動じないのだろう。
 昨日、モロッコとモーリタニアとの国境でルネとアハメッドの二人組と出会い、車に乗せてもらった。ルネはヨーロッパで買った中古車を西アフリカまで運んで売るフランス人で、アハメッドはサハラの案内人だった。二人は旧知の仲で、今までに幾度も旅をしているらしかった。
 走り始めて50キロほどで後輪がパンクし、スペアタイヤと交換している時に車が傾いて、ルネの右手がタイヤと砂の間に挟まれてしまった。ルネの手は腫れて、指が曲がらなくなった。アハメッドは車の運転ができないという。そこで仕方なく、治がハンドルを握ることになった。宅配便の仕事で金を貯め、憧れのサハラにやって来た治にはそれなりに運転の自信があったが、もちろん、砂の海のような砂漠を走ることなど初めての経験で、だから嬉しさより不安の方が大きかった。
 風が出て霧が流れ始め、視界が開けてきた。昨日の夜は真っ暗で何も見えなかったが、すぐ側に、高さが20メートルほどの巨大な砂丘がそそり立っている。昼間なら、遠くからでもいい目印になるだろう。
 治がミントティ−を飲み終えると、アハメッドが出発を急かせた。いつもはのんびりしているアハメッドが先を急ぐわけをルネが説明する。
「今日は、大きな砂丘を4つ越えなくてはならないんだ。だから、霧の水分で砂が締まっている内に少しでも前に進んだほうがいいんだ」
 言いながら、ルネも車に乗り込んだ。
 霧の先に、微かに地平線が見えてきた。アハメッドが指差す地平線の彼方に向かって、おんぼろのワンボックスカーはそろそろと走り始めた。

Next