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砂丘 <後編>

 
 

 確かに霧のせいで砂が締まっていて、昨日とは較べものにならないくらい走りやすい。しかも、だだっ広いドライレイクが続くから視界はきくし、走るラインを微妙に選ぶ必要もない。
 開けた窓から吹き込む朝の風は涼しく、陽光も、まだ目を灼くほどにはきつくない。見渡すかぎり、360度の砂の海。無人の原野の只中を行く心細さを忘れて、治(おさむ)はアクセルを踏み続ける。言葉は通じないが、道案内のアハメッドが言うこともなんとなく理解できるようになってきた。
 どこまでも続く砂の海に、轍の跡だけが定規で線を引いたように刻まれてゆく。これならなんとかなりそうだと思い始めた時、地平線の先から砂の壁が立ち上がってきた。近づけば20メートル近い高さがありそうだ。砂の壁は、視界一杯に広がって行く手を阻んでいる。多分、越えねば先に進めない砂丘の1つだろう。思わず力の入った治の肩を、ルネの声が小突いた。
「あれが、最初の砂丘だ。高さは約25mで、幅は400m。風上の、砂の締まったルートから外れると、柔らかい砂に潜って2度と出られなくなる」
 冷静なルネの言葉が、治をかえって不安にさせる。
「加速をつけて一気に登り、跳んでも振られても絶対にアクセルを戻さずに走り抜けろ」
 砂丘が、ぐんぐん近づいてくる。アハメッドが、大地からそそり立つ砂丘の麓の一点を指差した。そこだけ、砂の色が周りより濃くなっている。砂が締まっているらしい。
 アハメッドが、治の肩を叩いて頷いた。真剣な目が、根性を決めて突っ込めと言っている。治は、ハンドルを握り直してアクセルを踏み込んだ。
 目の前に迫った砂丘は巨大だった。陽を受けてキラキラ輝く砂の壁が、頭の上からおおい被さるように威圧してくる。25mどころか数百mの高さがありそうだ。
 気圧されそうになる気分を振り払ってアクセルを踏み抜き、治は思い切って砂丘に突っ込んだ。フロントに衝撃を受けて車が立ち上がり、目の前に空が広がった。ディーゼルエンジンが唸り、4つのタイヤが砂を蹴散らかす。ギャップを跳び、左右に大きく揺さ振られる車の中で荷物が飛び跳ねる。さすがにルネも無言だ。
 アハメッドが、前方を睨みつけたまま走るラインを指で差す。治はハンドルを力で押さえ込み、勝手に踊ろうとする車を必死にコントロールしながらアクセルを踏み続ける。
 砂丘を登りつめると車が、水平に戻った。しばらく屋根沿いのラインを蛇行して走ると、今度は落ちてゆくような下りが始まった。車は突き刺さるように前のめりになり、眼下に砂の海が広がる。躊躇してアクセルを戻しかけた治の足の甲をアハメッドの左足が踏みつける。車は、尻を振りながらジェットコースターのように砂の斜面を滑り下りてゆく。
 砂の原が目の前に迫り、衝撃に突き上げられてから車は硬い大地に着地した。アハメッドが治の肩を叩き、丈夫そうな白い歯を見せて笑った。治も笑おうとしたが、顔が強張ってうまく笑えなかった。
「ブラボー」
 ルネが短く声をかけた。ハンドルを握る治の掌は、汗でぐっしょり濡れていた。すぐに地平線の彼方から、最初のよりもっと高い砂丘が立ち上がってきた。

終わり