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モーテル <前編>

 
 

 ロスを出た日の日没近く、モハベを経てデスバレイの入り口、パナミントバレイに辿り着いた。蛇行しながら上り続けた道が突然視界から消え、遙か眼下に茶褐色の巨大な谷が広がる。道は逆落としに下ってゆき、谷を一直線に切り裂いて彼方の山並みへと吸い込まれている。
 デスバレイ−−谷底の最低点は海抜マイナス86メートルに達し、夏は50度以上の酷暑を記録する不毛の谷。かつて、ゴールドラッシュに誘われてから東から西へと旅した開拓者たちが、温暖なカリフォルニアを目の前にしながら倒れていった最後の難所は、年間の降水量が60ミリにも達しない砂と岩の灼熱地獄だった。
 標高4416メートルのホイットニー山を擁するシエラネバダ山脈が、深紫色の巨大な壁となって左手に連なっている。荒々しく突き立つ稜線に太陽がかかり、空が緋色に燃え始めた。山塊の黒い影が音もなく動き、死の谷が青白い闇の中に沈んでゆく。
 陽が落ちると、沁みるような冷気が這い上がってきた。砂漠の、昼夜の温度差は激しい。特に冬は、夜になると骨の髄まで凍るほどに冷える。
 沢村(さわむら)はデスバレイを斜めに突っ切って、カリフォルニアからネバダへ至る州道190号線を北上した。バスドラムを打つようなVツインエンジンの鼓動と風切り音だけが闇の中に聞こえる。
 谷に下りてから擦れ違った車は2台。1台はルーフキャリアに山ほどのがらくたを積んだワーゲンのキャンパーで、1台は荷台に白いプラスチックのシェルを積んだフォードのピックアップ。どちらの車も、深さを増してゆく闇と静寂から逃げるようにして走り去っていった。
 ヘッドライトに照らされて、一直線に延びる道が白く浮かび上がる。左に、月光を浴びて青白く光る砂丘が連なっている。淡白く発光する砂の山は、海のうねりのストップモーションのようだ。右には岩山の黒い影が続いている。1つ1つが生きもののような形をした黒い影が、併走しながら音もなく迫ってくる。
 時速80マイルで走っているのに、その場で静止しているように感じる。掴みどころのない広がりの中では速度や距離の感覚が麻痺し、時間さえ止まったように人は錯覚する。そして、ここから永遠に出られないかもしれないといった不安がせり上がってくる。だから、無人の原野を行く者は追われるようにスロットルを開ける。

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