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モーテル <後編>

 
 

 一気に40マイル走ってデスバレイを抜け、カリフォルニアからネバダへ入った。「WELLCOME TO SILVERSTATE」の標識が闇の中に浮かび上がる。その足元には、乾いて枯れた灌木(ブッシュ)が風に吹かれている。
 州境を越えると、道の名前が374号線へ変わった。ロスを出て300マイル。20年振りのロングランで体がだるい。冷たい風のせいで肩や首が硬くなっている。
 ネバダに入ってから15マイル北上したあたりで、闇の彼方に心細い灯が見えてきた。州境の町、ビーティの灯りらしい。
 沢村(さわむら)は、町の入り口のモーテルの前にバイクを止めた。「VACANCY」の赤いネオンのVの字が消えていて、「ACANCY」としか読めない。町の中に入ればもう少しましな宿があるかもしれないが、何しろ早く熱いシャワーを浴びたかった。知らぬ間に体が冷え切っている。
 オフィスのドアを開けるとベルが鳴り、擦るように歩くスリッパの音と共に大きなマグカップを手にした老女が出てきた。奥の部屋から馬鹿笑いが聞こえてくる。テレビのバラエティショーだろう。老女は面倒そうに宿泊者カードを出し、沢村が名前を記入し終わるのも待たずに「19ドル。前金だよ」と無愛想に言った。
 染みだらけの壁、陽に灼けて色褪せたカーテン・・・。色味のない部屋には黴臭い冷気が澱んでいる。ヒーターのスイッチを入れると、砂漠の塩分で錆びたモーターが不機嫌そうに唸った。
 熱いシャワーを浴びて着替えると生き返った。モハベの先のカフェでチリドッグを食べただけなのに食欲がない。外に出たって、どうせろくなものが食べられないことは分かっている。冷たいビールは飲みたいが、わざわざ買いに出るのも億劫だ。外は一層冷えているだろう。
 ベッドに横になり、ラジオのスイッチをひねったら胸を締めつけてくるような歌が流れた。

「風に向かって俺たちは走った
 若くて、
 恐いものなどなかった二人
 風に向かって走っていた」

 ボブ・シーガーの「AGAINST THE WIND」だった。
 初めてアメリカを旅した日々が甦る。
 持っていたウィスキーを見つかり、グレイハウンドバスから降ろされたアトランタの夜。黒人のチンピラに脅されていたところをガーディアン・エンジェルスに助けられた、マンハッタンの地下道の小便の臭い。ニューメキシコの砂漠の奥で、ドロップアウトした連中と共に過ごした暑い夏・・・。
 その時、沢村はまだ20歳だった。

「時は俺を置き去りにしていった
 考えることが沢山ありすぎる
 一体どうしたらいいんだ
 何を心にとめ、
 何を忘れたらいいんだ
 風に向かって、
 俺は今でも走っている
 あの頃より歳取ってしまった俺は、
 今でも風に向かって走っている
 風に向かって・・・」

 くたびれ果てた辛気くさいモーテルが、しかし妙に居心地よかった。沢村は、記憶に抱かれながら音楽を聞いていた。

終わり