カイエという名前の町は暗かった。暗いというより、黒いと言った方が当たっているかもしれない。空も黒く街路も黒く、そこを行き交う人々はもっと黒い。目につくのは、バラックのような商店の軒下にぶら下がった裸電球の光と、叫んだり笑ったりする人々が見せる白い歯だけで、ともかく、墨を流したように黒い町だ。
旅を始めて5日目。今日、セネガルからマリに入り、国境から90キロのカイエに着いた。西アフリカを旅してやるといった気負いは日増しに萎え、体調も良くない。いや、体調が悪いから気分も落ち込むのか。
ともかく暑い。日中は50度を超し、バイクで走っていてもドライヤーの熱風を受けているようで少しも涼しくない。ジッとしている方がまだましで、走った方が暑いなんて初めての経験だ。ともかく、陽差しに当たっているだけでぐったりする。
その上、2日前から腹をこわしている。水には気をつけて、ミネラルウォーターしか飲まないようにしているのだが、うっかり食べた果物かサンドイッチのハムに当たったのだろう。いや、煮込みに入っていた内臓かジュースに当たったのかもしれない。ともかく、何に当たってもおかしくないような飲みものや食べものだかりだ。
国境ではさんざん待たされた挙げ句に訳の分からない金を払わされたし、マリに入った途端に道はさらに悪くなって2度パンクした。炎天下でのパンク修理で益々体力を消耗し、力の入らない体をバイクに預けて何とかカイエに辿り着いた時にはもう暗くなっていた。
セネガルとマリを繋ぐ鉄道の駅前に、「RAIL(ライル)」という名のホテルがあった。フランス植民地時代の砦のような建物で、見た目は立派だが中はひどかった。エアコンは故障していて水もでない。黴臭い熱気の籠もった部屋は虫だらけだし、その上、さっきから停電している。
朝、パサパサのパンとミルクティーを腹に入れた後は何も食べていないが、食欲はないし少し寒気もする。最悪のコンディションだ。こんな旅、しなければよかったのかもしれない。
北山(きたやま)はスプリングの軋むベッドの縁に腰を下ろし、パンツの尻のポケットからワレットを抜き出して残っている金を数えようとした。その時、あの一万円札のことをフと思い出した。北山は、ワレットの小銭入れから小さく畳んだ一万円札を出し、それを広げた。
何の変哲もない一万円札だが、それには特別の意味があった。