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イタリア人の宿 <前編>

 
 
 

 入国手続きで延々と待たされ、ニカラグアからコスタリカに入った時は、すでに暗くなりかけていた。鬱蒼とした熱帯雨林を分ける道は一応舗装はされているが、いたる所大きな穴だらけで走りにくい。バイクには最も苦手な道だ。これなら、いっそダートの方がいい。軍隊を持たないエコツーリズムの国といったソフトなイメージばかりが宣伝されるが、国境の事務手続きも含めて、インフラがここまで整備されていないとは思っていなかった。
 コスタリカの熱帯雨林の中でも、特に山岳地帯に広がる雲霧林にはここだけに自生する固有の植物が多い。植物学者の植村(うえむら)は、採集のために今までに二度コスタリカを訪れているが、陸路で国境を越えたのは初めてだった。中米全域に広がる熱帯雨林の植生を調べようとバイクでの旅を思い立ったのだが、コスタリカのインフラ整備の悪さは予想外だった。
 20キロも走るとすっかり暗くなり、闇よりも黒い熱帯雨林の量感が左右から迫ってきた。ライトの中に突然大きな穴が現れるから、危なくてスピードが出せない。首都のサンホセまでは、まだ300キロ近くある。そこまでに宿はあるだろうか……。
 その時、右手に黒く連なる丘陵の中腹あたり灯が見えた。緑や赤の電球が一列に並んでいて、普通の民家ではなさそうだ。もしかすると宿かもしれない。
 舗装路から外れた土の道を1キロほど上ると、牧場の入り口のような木製のゲートがあった。観音開きの扉は開いており、頭上に掛かる鉄製のアーチからは、何やらスペイン語で書かれた看板がぶら下がっている。中は広く、細長い母屋を中心に山小屋風のコテージが点在していた。
 母屋にあるオフィスは薄暗く、人が出てくるまでに10分ほどかかった。出てきたのはインディオの血の濃い初老の女で、食事は一時間後に母屋の食堂でと言って奥に引っ込んだ。コテージはどこでも好きなのを選べというくらいだから、他に客はいないらしい。
 母屋に一番近いコテージに入って荷を解き、シャワーを浴びた。期待はしていなかったが、圧力のある熱い湯がたっぷりと出た。
 一服して食堂に向かうと、さっきの女がテーブルに案内してくれた。10ほどあるテーブルに人影はなく、植村が座ったテーブルにだけ白いテーブルクロスがかけられ、小さな卓上蝋燭の灯がともっている。
 「ワインは何にします?」
 訊かれて戸惑った。こんな所でワインが飲めるとは思ってもいなかった。訊けば、イタリアとチリのワインを何種類か揃えているという。植村は、軽い飲み口のイタリアの赤ワインを頼んだ。
 間を置いて出てくる料理に、また驚かされた。アントレに出た、甘いトマトとバジルを乗せたブルケッタと、塩味がほど良く効いた生ハム。溶き玉子のコンソメスープに、こってりしたホワイトソースのフェットチーニ・マニネーラ。デザートは、レモンとハイビスカスの甘酸っぱいソルベにエスプレッソといった具合だ。誰もいないようなジャングルの中で、こんなに旨いイタリア料理が食べられるとは。
 給仕の女に訊くと、オーナーもシェフもイタリア人だという。

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