ドゴン郷の入口に位置する集落、ソンゴに着いたのは昼前だった。眼下に広がる砂の海の中に、奇妙でユーモラスな家の集合体が現れた。円筒型の土の家に藁の屋根、四角い木の家、四角柱の土の倉庫・・・。大地の創造神、“アンマ”や、各氏族の動物守護神を崇拝している独自の文化を守り続けるドゴン人の集落は古代人の村のようにも見えるし、火星の集合住宅のようにも見える。今までに見たことのない風景だ。
ドゴン人は、西アフリカのマリ中央部に位置するバンディアガラ山地に生きる少数農耕民族で、天地創造の神話を始めとする壮大な宇宙観と世界観を今に伝えている。アフリカの、数ある部族の中でも特にプリミティブな暮らしを続けている人々である。
ドゴン郷の村々でマラリアが蔓延していた。医師の丸山(まるやま)がマリに来て1年になるが、ここまで足を伸ばしたのは今度が初めてだ。日本のNGO団体からの依頼を受けて、マラリアの予防薬と治療薬を届けに来たのだが、これほど現実離れした奇妙な世界だとは思っていなかった。まるで、童話の世界に迷い込んだか、SFの世界に放り出されたような不思議な気分になる。
ソンゴから50キロほど奥の村で車から降り、医薬品を運ぶ2人のポーターと共に断崖絶壁の上を歩いてさらに奥へと進む。目的地のティレリまでは、まだ10キロ以上ある。
ほぼ垂直に切り立った300メートルほどの断崖の上にも集落があり、その足元、目もくらむような眼下にも小人の国のような集落が点在している。
赤い平原が、砂塵に霞む地平線まで続いている。よく見ればそれは赤い砂丘の連なりで、サハラ砂漠からの砂が押し寄せて来ているのだった。音もなく押し寄せてくる、赤い海のうねりのようなサハラ。断崖を背にしたドゴン人の集落も、やがては砂の海に呑み込まれてしまうのだろうか。
ティレリの村に着いた時は日没に近かった。掘っ立て小屋のような診療所にいたのは、14、5歳の少年が1人だった。医薬品を届けると、少年が宿まで案内してくれた。診療所に常駐する医者はいないらしい。月に1度、町の方から来るという。
村に唯一の宿は少年の家だった。オグダカという名の少年は親切で、丸山の傍を離れずにあれこれ気を遣ってくれた。たどたどしいとはいえフランス語を喋るくらいだから、それなりの教育は受けているのだろう。
オグダカの母親がつくった粗末な夕食を食べ、土の箱のような家の屋根に置かれたマットに転がった。ドゴンの村では、乾季の家の中は熱が籠もっていて眠れないから、人々は皆、少しでも涼しい地べたか屋根の上で雑魚寝するという。
やがて、闇の彼方からドラムの音と手拍子、男と女たちの掛け合いのような歌声が潮騒のように聞こえてきた。
「雨乞いの歌だよ」
隣のマットレスに寝るオグダカが教えてくれた。時に呪文のような、時に祭囃しのような音楽は延々と続き、静かにうねるリズムの中で丸山は眠りに落ちていった。