翌朝、宿の中庭でカサカサのパンとミルクティーだけの朝食を食べていると、オグダカが友だちらしい少年を連れてきた。膝の上あたりに怪我をし、化膿したのを放っておいたらしく大きな穴が開いている。このままでは破傷風になってしまうだろう。
傷口に噴霧式の消毒薬を吹きかけ、ガーゼで押さえて包帯を巻いた。痛いだろうに、その間、少年は表情ひとつ変えない。感覚が鈍いのか我慢しているのか、ともかく無表情のままジッとしている。最後に、炎症止めと化膿止めの抗生物質と、痛み止めの薬を渡して飲み方を説明した。丸山のフランス語を、オグダカが部族語に訳して少年に伝えるが、意味が通じているかどうかは定かでない。
医者が来ているという評判を聞きつけて、村人が次から次へとやって来た。熱を出した赤ん坊を抱いた母親、怪我した大人の男、親が病気だから薬をくれという子供・・・。診療したり治療したりする内に日没が来てしまった。医薬品を届けたらすぐに戻るつもりでいたが、出発は1日延ばすしかなさそうだ。その間、オグダカがずっと丸山の傍にいて、まるで助手のようにあれこれ手伝ってくれた。
夜、オグダカが、ボロボロになった本を1冊持ってきた。フランス語で書かれた、小学生レベルの科学の教科書だった。どうやら、この本でフランス語を勉強しているらしい。オグダカは真剣な目で、「どうしたら医者になれるか?」と訊いてきた。丸山は答えに詰まった。こんな環境で、どうしたら医者になれるというのだ。丸山は答える替わりに、フランス語の辞書と三色ボールペンをオグダカにプレゼントした。
「夢を捨てなければ、絶対に医者になれるよ」
そんな曖昧なことしか丸山には言えなかった。
翌朝は、まだ陽の出前から怪我した男が訪ねてきた。足の甲がざっくり切れていて、血がどくどく流れている。とりあえず傷口を縫って止血しなければならない。麻酔なしの荒療治だ。
男はしかし、昨日の少年と同じで表情ひとつ変えない。痛いだろうに、本当に我慢強い人々だ。割礼の時に泣いたら一生馬鹿にされるという社会だから、男はどんな痛みにも耐えねばならないのだろう。
簡単な縫合手術を終えて顔を上げると、すでに七、八人の老人や子供が列をつくって並んでいた。オグダカが、彼らに何か説明している。すっかり助手気取りだ。
次に診療所に医者が来るのは10日後だという。それまでは、この村から立ち去れそうにない。
オグダカと目が合った。オグダカは嬉しそうに笑ってから、またやって来た老人の手を取って列に並ばせた。
丸山は、この村から一生出られないような気分になってきた。