道端でのささやかなバースデイパーティの後、3台のバイクはしばらく列をつくって走り、州境の、道の分岐点の手前で再び止まった。クーキーたちは西に走ってカリフォルニアに戻り、橋口は南に下ってアリゾナに入る。
「元気でね。この国には物騒な連中がいるから気をつけなさい。特に南部には、バイク乗りを目の仇にするような連中が未だにいるから、油断してちゃ駄目よ」
バイクに跨ったままクーキーが言った。
「いい、1度バイクに乗ったら死ぬまでよ。途中で旅を投げ出さないで」
それが別れの言葉だった。クーキーたちは左手を挙げ、道を西に選んでスロットルを開けた。エンジンの音が遠去かり、やがて2台の黒いバイクは点になった。
太陽が西の地平線に近づき、空が緋色に燃えあがる。金色に輝き始めた原野の只中に、橋口とバイクだけが取り残された……。
あれから20年。あの時のクーキーと同じほどの齢になった橋口は、彼女の言いつけを守って今もバイクで旅を続けている。
旅することは生きること。だから、旅を途中で投げ出すな──この頃になってやっと、橋口は、あの時にクーキーが言おうとしたことの意味が分かるようになった。彼女が今も元気なら、まだバイクで走り続けていることだろう。クーキーみたいなライダーが、途中で生きることを投げ出すわけがない。
道を南に選んでアリゾナに入った。300kmほど南下すればメキシコ国境だ。心なしか、風が甘くなってきた。
太陽が西の稜線に接して世界が金色に輝き、自分とバイクの影が道に長く伸びてゆく。車と擦れ違ったのは30分以上前だろうか。
バックミラーに小さな光が映った。バイクのヘッドランプらしい光は見る間に近づいてくる。
橋口はスロットルを戻して減速した。
「約束を守っているのね」
背中でクーキーの声が聞こえるような気がした。