闇の中を手探りするように、2つのヘッドランプがそろそろと下りてくる。
原恭一と木下良子は、まだ山の中にいた。錯綜して延びる林道を走り回っている途中で良子のタイヤがパンクしたり、転倒した恭一がクラッチレバーを折ったりして予定が狂った。修理に手間取っている内に闇に掴まってしまったのだ。
良子の走りを見守るように10mほどの距離を保って恭一が後ろに尾いている。黒々とした林が開け、眼下に家の灯が見えた。県道にへばりついた集落の灯りだろう。そこまで下りれば、中央高速の入口までは遠くない。
その時、前を走る良子のバイクがつんのめり、鈍い音を立てて斜面に横倒しになった。雨が土を流してできたクラックに前輪を取られたらしい。
「大丈夫か?」
恭一はバイクから下りて駆け寄った。
「大丈夫。足が抜けないだけ」
跨ったまま横倒しになったため、良子の下半身がバイクの下敷きになっている。恭一が、良子のバイクを起こしてトレイルの脇に寄せる。
「ちょっと休もう」
ヘルメットを外した恭一が、土の上にへたり込んでいる良子の脇に腰を下ろした。
「ごめんね。足手まといで」
良子は殊勝な顔になっている。夜勤明けのツーリングだから、本当は疲れているのだろう。昨日は、3、4時間しか眠れてないはずだ。
「もうすぐ県道だよ」
恭一は励ますように言い、ジッポーで煙草に火をつけた。
良子は看護婦で、恭一は見習いコックだ。バイクショップ主催のツーリングで知り合ってお互いに惹かれ、2人だけで会うようになって数ヵ月が経つが、友だち以上の進展はまだない。
「俺、もしかするとアメリカに行くかもしれないんだ」
眼下の灯を見たまま、恭一が唐突に呟いた。
「アメリカ!?」
闇の中でも、良子の目が丸くなったのが分かった。
「店がロサンゼルスに支店を出すことになって、そこに行かないかって言われて……」
「コックさん?」
「他に何ができるんだよ」
照れ臭そうに応えたが、恭一の目には自信のようなものがある。
「凄いじゃない」
良子は無邪気に喜んだ。
「行った方がいいかな?」
「あったりまえじゃない。こんなチャンス逃してどうするの。何、躊躇してんの?」
良子が急に元気づいた。人から悩みを相談されると、途端に大人っぽくなるようなところがある。
「いつから行くの?」
「店が出来るのが来年の四月で、それから少し経ってからって言ってたから、来年の夏頃かな」
「一年先か・・・」
少し考えてから、良子は恭一の顔を覗き込んだ。
「行くと長いんでしょ?」
「多分、三、四年。もっと長くなるかもしれないし・・・」
二人が黙り込むと、近くの草むらで鳴く虫の声が大きくなった。