「アメリカ、一緒に行かないか?」
良子の方を見ずに恭一が言った。思い切って言った割には弱い声だった。
「え!?」
良子が訊き返す。
「俺と一緒にアメリカに行かないか?」
今度は、良子の顔を見てはっきり言った。
「一緒に行くって・・・」
その意味をどう理解していいか分からない。プロポーズのつもりなのだろうか。惚けたように半開きになった良子の唇が、唐突に恭一の唇に塞がれた。ぎこちなくて乱暴なキスだった。
「びっくりした・・・」
色気のない呟きが洩れた。
「怒った?」
恭一が覗き込むと、良子はその目を見返して首を横に振った。
「バイオタイドって本当なんだな」
恭一が聞き馴れない言葉を口にした。
「何?それ」
良子が顔を上げる。
「人間の体ってさ、98%が水分だろ。でさ、人間の感情も月の引力に影響されるらしいんだ。だから、満月の夜には殺人事件や交通事故が多いんだって。無意識の内に、みんな攻撃的になるらしいんだ。ほら、狼男の話あるだろ。それとか、子供が産まれたりする周期とかさ。みんな、月の引力が関係しているっていうんだ」
恭一は早口で言った。だからどうしたのと訊きたそうな良子の目に気がついて、恭一は空を指差した。
「今日って、満月なんだよ」
東に連なる黒い稜線から、銀色のお盆のような月が昇ってくるところだった。
遠くで微かに雷鳴が聞こえた。北の空が暗くなっている。山梨のあたりは雨かもしれない。
「行こう!」
恭一が立ち上がった。
「明日、早いの?」
良子は、まだ座っている。
「明日は夕方から」
そう答えた時、良子が何を言いたいのか朧気に分かった。
「良子は?」
「夜勤明けの2日間はお休み」
「高速で雨に掴まったらやばいよな。良子のタイヤ、応急処置だし。どっかで泊まる?」
どさくさ紛れでつけ足したような最後の言葉に、良子は無言で頷いた。
「ともかく、下まで下りようぜ」
恭一が伸ばした腕に掴まり、良子も立ち上がった。
「エンブレとリアブレーキを使ってゆっくり行けよ」
ヘルメットをつける良子に恭一が声をかける。良子は頷き、バイクに跨ってアームをキックした。良子のエンジン音に被さるように、恭一のエンジンも吠えた。
二つの赤いテールランプが、もたれ合い、支え合うようにしながら闇の中を下っていった。