100枚の絵ハガキ Back  
   
     
No. 56

メッセージ <後編>

 
 

 「最初の入植地では、原因不明の病気で仲間たちがバタバタ倒れてね。ウィルス性の、肺結核に似た風土病。みんなが、明日は自分が倒れるかもしれないと思ってたよ。でもね、人間は誰だっていつか死ぬ。明日死んでも、10年後に死んでも同じだと開き直ったら気持ちが落ち着いちゃって、もう何も怖くなくなったの。苛酷な暮らしは開拓者の運命だからね。それを望んだのは自分なんだから」
 幸地(こうち)の言ったことに頷いてから、宮城(みやしろ)は短く、静かにだが力強くこう言った。
 「大丈夫だよ。人間は1回以上は死なないから」
 しかしもちろん、誰もが2人のように強かったわけではない。原因不明の風土病が蔓延し、旱魃(かんばつ)が作物を枯らし、雨季のの濁流が土を削り流してしまう土地から去らなかった人は全体の20パーセントにすぎず、80パーセントの移住者たちはブラジルやアルゼンチンに流れたり、沖縄に戻っていったりしたのだった。

 幸地も宮城も、日本に戻る気はまったくないと、小気味いいほどハッキリ言った。
 「日本に出稼ぎに行った若者たちもね、一時的に稼ぐにはいいけど、一生暮らす所じゃないとみんな言っているよ。働くなら、自分の土地で思いきりやった方がいいってね。今の日本は、うわべは華やかだけど、じっくり腰を落ちつけて生きてゆく所じゃないと感じるみたいだね」
 その気持ちは、渡河敷(とかしき)にも痛いほどよく分かる。だから、アルバイトで遊ぶ金を稼ぐような中途半端な暮らしに見切りをつけ、同郷からの移住者たちを頼ってこの地に来たのだ。
 「ここが、私の最後の家だよ」
 「ここが故郷だよ。祖先の遺骨も、全部持ってきたんだ」
 幸地と宮城は自分に言い聞かせるように言ってから、生ぬるくなったお茶を啜った。
 「毅然」という言葉がぴったりの2人だった。意志堅固にして、ものごとに動じない老人2人。淡々として穏やかでいられるのは、やるべき時にやるべきことをやり、自分が選んだ人生を生き抜いてきた人間だけに許された誇りと自信が故だろう。
 そうなのだ。人間は、誰だって1回以上は死なない。理不尽と不公平だらけのこの世界で、唯一それだけは公平だ。
 人間は1回以上死なない。つまり、誰だって1回は必ず死ぬ。だからこそ、今この瞬間を全力で生きろと、茶を啜る2人の老人は言っているのだった。
 挫けそうになった時、渡河敷は2人の老人の言葉を思い出す。そして、なんとかその場を凌いで生き続けてゆこうとする。人間は、その生き方そのものがメッセージとなる、地球上に生きる唯一の生きものである。

終わり